仕事をしながらBGVに「ゴジラ」を観た。

1954年制作の一番最初のモノクロ・ゴジラだ。
監督は黒澤明の助監督を長年務めた本多猪四郎。
出演は宝田明、平田昭彦、志村喬。
大学生の頃、テレビの深夜枠で観たきりで
内容をほとんど忘れていて、
どんな話だったっけ?
くらいの軽い気持ちで流していた。
驚きの物語だった。
そして、観終わった後、
とても悲しい気持ちになった。
(以下が、映画を観たレビューになります。
特撮映画にあんまり詳しくないので
間違ったことを書くかもしれませんが、
その時は、どうか御容赦を)
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日本海溝の奥深くに生き残っていた恐竜が、
アメリカの水爆実験に被爆して巨大化し、
住み家を追われた怒りにまかせて
東京に上陸、蹂躙する。
核実験の放射能で異常な姿になった生物、
という使い古された設定も、
この時は斬新で、かつ、リアルだったのだ。

1954年3月、
マーシャル諸島近海でアメリカが水爆実験を行い、
発生した死の灰を、
操業中の漁船・第五福竜丸の乗組員が被爆し、
その年のうちに一名が死亡した。
この事件をきっかけに
「ゴジラ」は企画されたという。
「核の落とし子」
「人間が生み出した絶対的な恐怖」
そのコンセプトはおそらく、
企画を通すためのキャッチーな建前だと思う。
二発の原爆で命を落とした、
何十万という日本人とその遺族たち、
そしてそのダメージを我がものとする
日本人全体の「痛み」と「怨念」。
それを実体化し、巨大化したもの。
俺の目には、ゴジラは、そう映った。

制作スタッフはこの怪物を、
本当はアメリカに
上陸にさせたかったのではないだろうか?
そう勘ぐらずにはいられないほど、
夜の街に佇む「彼」の姿は
不気味で、禍々しく、
そして物悲しいのである。
「もののけ姫」ではないけれど、
ゴジラは「祟り神」そのものだ。
その証拠に「彼」が通りすぎた場所は、
ガイガーカウンターの針が振り切れるほどの
強烈な放射能で汚染される。
そこはもう、
人が住める場所では、なくなってしまうのだ。
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この怪物を「鎮魂」するのが
平田昭彦演ずる、悲運の科学者「芹沢博士」だ。

戦争で右目を失い、
心と体に深い傷を負って帰国し、
浮き世を離れて実験に打ち込み、
その課程で核兵器に匹敵する殺戮技術を
偶然にも作り出してしまう。
軍事利用されることを恐れ、ひた隠しにしていた
最終兵器「オキシジェン・デストロイヤー」を手に、
博士は東京湾の海底に潜り、
たった一人でゴジラと向き合う。
「荒ぶる神」も、
それを鎮魂する「人柱」も、
どちらも戦争の犠牲者である。
(そしてアメリカ軍は、最後まで登場しない)
たった一発きりの最終兵器を起動して、
博士は自らの命を絶つ。
(頭の中にある殺戮技術を、
永久に消去するために)
そしてゴジラは断末魔の声を上げ、
のたうち、溶けて、白骨となる。
テレビ中継のレポーターが
高らかに勝利を叫ぶけれど、
成り行きを船の上で見守っていた人達は、
一様にうつむき、声もない。
志村喬演ずる生物学者の
「あれが最後の一匹だったとは思えない、
水爆実験が続く限り、いつかまた・・・」
という沈鬱な呟きとともに、
作品は静かに幕となる。
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「ゴジラ」という映画は
日本人の心の奥に棲む
敗戦の傷という「荒神」に捧げられた
鎮魂歌なのだと思う。
「先の戦争で亡くなった人達、
核兵器によって命を奪われた人達よ、
俺たちは未だに、
核実験を止められずにいる。
本当に不甲斐ない。
すまないなあ、許してくれ」
戦場から還ってきて、
映画を作っている人達のやるせない想いが、
一時間半の映像に切々と綴られている・・・
そんな風に思えた作品だった。
まさかこの映画が後年、
夏休みや冬休みの
子供向けプログラム・ピクチャーとして
売れに売れまくる作品群を生み出す
出発点となるなんて・・・
関わったスタッフ達は、
夢にも思わなかったろうなぁ。

(シッポを滑り台にして、息子と遊んでやるゴジラ・・・
このヘンのは、ボンヤリ覚えてます)
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