
金融経済の始まりは遊牧にある、という話を
しばらく前にしました。
今日はその続きです。
遊牧というものが歴史的に、
どう金融経済につながってくのか、
その流れをザッと辿ります。
(長いです。
にも関わらず、辿りきれないかもしれない。
その場合は、内容を次回に繰り越します)
_________________________________

昔むかし、
人間は狩猟、採集というスタイルで生活をしていました。
どれくらい昔かというと、
一万五千年前〜一万三千年前くらいまで。
(一万五千年前に、地球の気温が
大きく上昇したそうです。
何と、たった50年間で、平均で7度〜10度も!
これ、とんでもない数値です)
このあたりまで、地球の気候は全般的に温順だった。
この頃、人間が作っていた社会は母系(女系社会)で、
女性が集団の中心に据えられ、
緩やかに人々を支配していました。
動物の群と同じように、
生活の中心は女にあった。
新しい血を入れたい時は、外から男を迎え入れ、
生まれて育った男達は、自然に群を出て行った。
略奪も、戦争も、そして「男性的で攻撃的な権力」も、
この頃までの人類は、まだ知らなかった、といいます。
そして徐々に、地球の気候が変化します。
寒冷化・乾燥化によって世界中の森林が後退し、
森や土地の恵みを受け取ることができなくなって、
人間は「農耕」や「牧畜」という人為的な食料生産の術を
編み出さなければ、生きていくことが難しくなりました。
(「牧畜」はあくまでも農業の中の一技術として、
定住したまま行われたそうです。
なので後の「遊牧」とは別物です)
環境が激変したけれど、人間たちの大多数はまだ、
同じ土地に住み続け、母系社会のまま暮らしていた。
一万五千年前〜一万三千年前くらいまでの間のことです。
(この頃のことをヤンガードリアス期、といいます)
そして、その後、気候はさらに寒冷化し、
「ミニ氷河期」がやってきます。

ちょっと話がそれますが、
「地球温暖化」という「キャンペーン」が
資源開発を行っている利権団体によって
大規模に展開されていますが、
今の地球に起こっているのはもっと複雑な現象です。
正確にいうと、今現在起こっているのは、
「温暖化」ではなく「極端化」であり、
その結果として、
「ミニ氷河期」が始まろうとしているのでないかと
思われます。

太陽の黒点活動が活発になってきて、
地球に降り注ぐ宇宙線の量が増え、
極地周辺の気温が上がり、
それが原因で氷河が溶けて、
巨大な氷床が切り離され、
海に流れ出していく。
温暖化キャンペーンの人達が
「太陽活動」を「二酸化炭素の増量」に
巧妙に言い換えて語っているのは、
ここまでのことです。
真実、というか、事実は、
以下のようなことだと思います。
海に流れ出した巨大な氷河の塊は、
当然溶けて、あたりの海を「冷やします」。
その結果、海の上の大気が冷え、
ユーラシア大陸に暖かい空気を運んでいた
「偏西風」の流れを変えてしまう。
「偏西風」の流れが変わると、
これまで暖かく温順だった
内陸部の気候が変化する。
あるところでは寒冷化・乾燥化が進み、
あるところでは気温の上昇と乾燥化が進む。
地球全体で、
人間が暮らしやすい気候の土地が減ってしまい、
極端に寒いところと、極端に熱いところばかりが
増えていくことになるのです。
つまり地球は、
(矛盾している感じがしますが)
ちょっと暖められると、
ミニ氷河期っぽくなってしまうわけで、
ミニ氷河期というのは何かというと、
「人の住めない極端な環境の土地がどんどん増える」
ということです。
(なので、「温暖化」というのは
原発開発で儲けたい人達が
金儲けのために展開している大嘘であり、
現在進められている温暖化対策では、
今の地球環境の問題に
歯止めをかけることができないのです)
そして、一番の問題は
熱いところでも寒いところでも進行していく
「乾燥化」です。
(これ、重要なキーワードです)

さて、話を戻します。
ミニ氷河期(極端な寒冷化・乾燥化)が始まったのは、
だいたい8200年前〜7800年前のことと言われています。
緯度の高い土地はキンキンに冷え始め、
赤道に近い場所では湖も川も干上がっていく
強烈な干ばつが長い間続いたといいます。
(特に、「寒冷化」と「干ばつ」が酷かったのが、
中央アジア高地の草原地帯で、
ここにはたくさんの白人種・コーカソイドが
暮らしていました。
これも「乾燥化」と共に、
重要なキーワードとなります)
その結果、農耕を営んでいた多くの人間たちは、
土地を捨て、激しい気候による被害の少ない土地へと
続々と移動を開始します。
牧畜を行っていた人々は、家畜たちをすべて連れ、
住み慣れた土地から離れました。
ここで初めて、
「遊牧」という生活のスタイルが発生します。


農耕・牧畜を行っている母系集団の一族は、
新しく生活する土地を探すために、
群の中の屈強な男達を選び、数頭の家畜を持たせて、
探索の旅に赴かせました。
男達が権力を発揮できる集団が、
人類史上始めて、生まれることになったのです。
男達は新天地を探して各地を旅し、
良い場所が見つかれば、すぐに故郷に戻って
女達と子供達を連れ、その土地に移住しました。
しかし、それが見つからなかった場合、
戻った男達は女達・子供達・子供達を連れて
一族ごと当てのない流浪の旅に
出発せざるを得なくなります。
(家畜を連れて、と書きましたが、
旅の途中で自然に群れている羊の集団などを、
馬を使って追い込み、連れ回した、ということを
言っている研究者もいるようです。
俺としては、こちらの方に真実味を感じます。
連れて出た家畜たちを食べ尽くしてしまった後は、
野生の動物の群に寄生するしか、
生きる術は無かったと考えられるからです。
ここで、
「動物」を「家畜化」して「支配」し、
乳を搾り取る(搾取する)「技術」
が、確立されていくわけですが、
それについては次回のエントリーで
詳しく記そうと思います)
こうした理由から
ユーラシアの白人種を中心に、
多くの遊牧民族が生まれ出ることになったのです。

そして7800年前〜5800年前くらいのあたりで、
厳しかった地球の気候がようやく緩み始めます。
ミニ氷河期が訪れる前の、
穏やかな気候に戻ったわけです。
特に、メソポタミア北部と南部の三角州をはじめ、
世界中の大河に沿ったいくつかの土地では、
水を豊富に湛えた湿潤で穏やかな自然が、
たっぷりと育まれていきました。
故郷を追われ、流浪を続けていた人間達は、
そういう土地に集まり始め、
「文明」の基礎を築いていきます。
世界四大文明の発祥です。
(エジプトはもっともっと遙か昔、
あの砂漠がすべて緑で覆われていた時期から
文明的な生活、都市生活が行われていたという
話があるけど、激しく脱線してしまうので
ここで触れるのはやめておきます)

ユーラシア大陸では、
流浪生活を送っていた遊牧民の集団が
肥沃な三日月地帯と言われる
チグリス・ユーフラテスの川岸(メソポタミア南部)や、
イラクのアッシリア、シリアのハブール高原
(メソポタミア北部)へ向かって移動をはじめ、
再び農耕生活を行うための集落を築き始めます。
数十世代にわたる気の遠くなるような
「さすらい」の歴史が、一段落するわけです。
その安心感とゆとりがもたらした膨大なエネルギーが
爆発的に文明を進歩させたのかもしれません。
でも、この期間も長くは続かない。

5800年頃から再び乾燥化が始まります。
安定し定住していた人々は、
再び流浪の生活を強いられることになってしまう。
多くの人々が村を捨て、食べ物を当てもなく探し回り、
目減りした暮らしやすい土地の周りを
再びさすらうことになる。
これに対して、
乾燥化をまぬかれた土地に住んでいた人々は
あたりをうろついてる貧しい人々が侵入してこないよう、
自分たちの村とそうでない場所を
塀などで囲んで守るようになっていく。
これが後の「都市国家」の雛形となり、
やがて「国」という概念を
作り出していくことになるのです。

(この時期に、大きな気候変動があって
大洪水がメソポタミア一帯を襲った、
という話があります。
乾燥化が進んで樹木が少なくなった土地で
大きな洪水が起こると、
その被害は甚大なものになる。
その時の洪水が、ノアの箱船物語を筆頭に、
世界中に跨る洪水伝説のもとになった
大災害らしいと言われているのですが、
やっぱり脱線するので、別の機会に)
そして、このあたりから、
4200年前頃に至るまでの間、
地表の乾燥化が進み続けたことにより
(4200年前頃に、
287年間の間、乾燥しっぱなし、という時期が、
ユーラシア大陸の北部・中央部を中心に
あったという話です。
《氷河をボーリングして氷の層を調べたり、
湖の底に堆積している泥の層の年縞を
調査することで、気温や気候の変化が
年単位・季節単位で細かく判定できるらしい》
江戸時代に匹敵する時間、
飢饉と干ばつが続いていた、ということですから、
想像を絶する状況です。
アジアでは同じ頃、寒冷化が原因で
大挙して遊牧民が南下したため、
長江周辺の文明が崩壊した、と言われています)
遊牧部族と定住農耕民、
また遊牧部族同士の間での、
食べ物をめぐる緊張が高まり、限界を迎え、
人類史上初の
略奪を目的とした大規模な闘争、
「戦争」
が、あちこちで発生するようになります。

(ここでいう「戦争」というのは
「軍事国家」同士のぶつかり合いではなくて、
「飢えた遊牧民族の集団」vs
「農地を守りたい農耕牧畜民族の集団」
という図式です。
原始的な戦争は、
貧しい者たちが、豊かな者たちに対して行う
「略奪行為」だったわけです)

西暦で言うと、
紀元前2200年前後あたりのこと。
ローマもギリシアも無く、
キリスト教やユダヤ教、イスラム教のような
絶対一神教も無い。
そんなころの話です。
____________________________________
以上、ものすごくおおざっぱに
地球の気候の変化と
遊牧民が発生するまでのことを
辿ってきました。
「気候の極端化・乾燥化」
という自然現象がなかったら、
人間はずっと狩猟・採取という生活を
続けていたに違いないし、
そこから進化した農耕・牧畜という生活スタイルすら、
「自分が生きていくのに必要な食べ物を
赤い血を流す他者(動物を含む)の命を奪うことなく
自給自足で蓄えられる」
とても自立的かつ穏やかなものであったわけです。
でも、
地球はすべての人間に、そんな生き方を許さなかった。
一部の人々が「遊牧」という苛烈な生活に追い込まれ、
「他人の持ち物を奪い」
「その為には動物・人間を問わず
殺すことを厭わない」
殺伐とした習慣を
身につけるようになってしまった。
このようにして、
殺さず破壊せずに
欲しいものを物々交換で手に入れることが「経済」の、
それが成立しない場合、
力づくでそれを奪うことが「戦争」の
原型となっていったのです。
そして、それを始めたのが、
もっとも乾燥化の激しかった土地に住んでいた
「白人種(コーカソイド)」の父権集団であり、
かつては自然と和合し、
大地の恵みを感謝して食し、
必要があって動物を殺さなければならない時は
一族すべてで森の神に祈り、
母の母の母の血脈を絶対的ルーツとして崇め、
他の土地に暮らす人々と同じように
狩猟・農耕・牧畜生活を
穏やかに営んでいたであろう白人たちが、
生き延びていくために、それらのルールを
踏み越えねばならなくなった時、
自分たちを正当化するために生み出したのが
これまで存在しなかった新しい宗教、
「絶対一神教」
でした。

「自分たち以外の生き物は家畜である」
「だから、自分たち以外の生き物は殺しても良い」
「だから、自分たちは富を奪っても良い」
「だから、自分たち以外の人間は騙しても良い」
「なぜなら神は、そのように世界を作られたのだから」
それが、
ユ○ヤ教の聖典「タルムード」
(古代ユ○ヤ教のルーツにつながらない、
6世紀頃に成立した聖典です。
エルサレム・タルムードと
バビロニア・タルムードと言われるものが
あるそうですが、現在タルムードといえば
主に後者を指すそうです)
に書かれていることの大筋です。
この教典に書かれている
恐ろしいほどの自己正当化は、
彼らの祖先である遊牧民が生きてきた環境の
貧しさ・過酷さを物語っているように思えます。
ユ○ヤ教だけではなく、
遊牧民を祖先にもつ白人種(および砂漠の民)が
信仰している宗教のエッセンスは、
「自分が正しく、自分以外の物事は間違っている」
つまり、
「神に許された形以外で、
他人や他の生き物に共感することを禁止する」
ということに集約され、
もっと言うなら、彼らは
生き残るために行わなければならない
全てのタブー破りを正当化するために、
自分たちの作った神以外の
すべてに対して自閉した
のです。
(そういうものを作り出して
自分たちの意識を組み変えなければ、
一緒に暮らしてきた愛着のある家畜を殺して
その血を呑み肉を食べたり、
見知らぬ人達を殺して奪って、
最悪の場合、その亡骸を食べたり、
というようなことは、とてもとても精神的に
耐えられるものではなかったのでしょう。
西洋の人々が宗教において
「罪」に対する贖罪の意識を
必要以上に謳い上げる理由は、
この辺にあるのではないか、と
個人的には思っています。
だからといって、
彼らが押しつけてくる身勝手な理屈を
全てよしとできるものとは、
全く思っておりません)
(★ここでいうコーカソイド、とは、
ヨーロッパ系コーカソイド
《フランスからイギリス、北欧に至る
北大西洋沿岸に住んでいる人々。
中東地域から中央アジアに進出し、
ユーラシアの内陸を経由して
ヨーロッパ北部に移住した人達。
ギリシア・イタリアなどに住む
地中海コーカソイドは、
くくりの違うグループに属する》
のことを指します。
《さらに言うと、
イラクなどのアラブ諸国や、
トルコ、アルメニアなどに住んでいる
いわゆる中東の人達も、
コーカソイドとして分類されます》
これ、すべてコーカソイド(白人)と言われる人達です。

ウクライナの人、トルコの人はもちろん、
砂漠の民・ベドウィンやアフガニスタンの人たちまで、
みんな白人だったんでした。
つまり、ユーラシア大陸の遊牧民は、
モンゴル人以外、全部白人、ってことになります。
人種の分布図。
赤と赤の斜線に塗られた部分がコーカソイドの住んでいる土地。

白人、と言えば、
金髪碧眼の人々という
イメージが俺たちの中にはありますが、
意外なことに、彼らの人種的ルーツは
中東地域の黒目黒髪の人々にあったのでした。
ユ○ヤ教を母体にして、
イスラム教、キリスト教が生まれ、
それぞれが別の宗教ながら、
同一の神を信仰していることも、
人種的なルーツが同じである、
ということを知ると
納得できるものがあります★)
そういう人達が、今の世界で
世界の実体経済・金融経済・エネルギー資源を、
根本において支配している。
四季のある自然に恵まれた島に住み、
腹が減ったら山にいって木の実をもぎ、
海や川で魚を捕ってきて、
ただそれだけで何万年も生活することができた
温帯のモンゴロイド「日本人」と、
「彼ら」の生きてきた環境は、
全くの別物です。
「俺たち」と「彼ら」の違いは
「生きてきた土地の豊かさと貧しさ」に、
まずは、あるのだろうと思うのです。


_________________________________
ものすごく長くなってしまったので、
今回はここまで。
(概要は何とか辿り切れたと思うけれど・・・
いかがでしょう?)
次回のエントリーでは、
遊牧の民(彼ら)と農耕の民(俺たち)の違いを、
より具体的にポイントを押さえつつ、
遊牧がどのようにして経済活動を生み出したか、
記していきたいと思います。
最近のコメント